楊名時先生 Profile
(よう めいじ / Yang Ming-Shi)
1924年 中国山西省五台県古城村生まれ。
1948年 京都大学法学部政治学科卒業後、東京中華学校校長を経て
大東文化大学名誉教授、東京都立大学、明治学院大学等で教鞭をとる。
1960年、楊名時八段錦・太極拳を創始。
楊名時八段錦・太極拳師家。
日本健康太極拳協会(楊名時八段錦・太極拳友好会)最高顧問。
日本空手協会師範。空手七段。
著書に「太極拳の心」(海竜社)など多数。
2005年7月3日逝去。享年80

 


 中国古来の宇宙観から生まれた「健康哲学」
 太極拳の太極とは、無限・終わりのない大宇宙という意味です。太極拳を育んだ中国古来の哲学は、宇宙を基準とした自然哲学。宇宙はひとつの円形であり、それは「陰」「陽」から成り立ち、つねに動いてやまないものだという考えを根本思想としています。
 陰陽学の太極図を見れば一目瞭然ですが、宇宙、つまり自然は、月と太陽、夜と昼、冬と夏、動と静・・・・というように相反する2つの要素が一対となり構成されています。つまり、陰と陽がバランスを保ちながら統合し、柔らかい円を形づくるように調和することで、万物を円満におさめているのです。
 こうした自然哲学からみれば、人間も一個の独立した小宇宙。大宇宙の一部であり、自然の法則にしたがって生かされていると言えます。ということは、私達の体も、自然界と同様、構造や機能のひとつに異変が起こると全体に影響を及ぼし、バランスが乱れ、体調が崩れたり、病気になってしまうのです。小宇宙たる人間も、陰と陽、動と静、そして心と体のバランスを保つことが必要不可欠なのです。
  そこで誕生したのが、太極拳です。太極拳では、深く長い呼吸に合わせて動作を行います。この呼吸は、小宇宙たる人間が、大宇宙のエネルギーを体内に吸収するためのもの。
空気とともに宇宙に満ちあふれた「神気」あるいは「活気」が吸い込まれ、神秘的なエネルギー源、つまり、生きる力となるのです。とくにゆったりとした腹式呼吸により、新鮮な空気をまんべんなく体中にゆきわたらせることは、心身の活性化に有効。つまり、私たちは、太極拳を行うことによって、大宇宙と自らを一体化させ、生命力を高めていくことができるのです。
 人間の体は自然が生み出した傑作と言えますが、ストレスや疲労が積み重なれば、体内バランスが乱れ、やがては病気になってしまいます。若いうちは多少無理しても耐えられますが、年をとれば、ちょっと無理をしただけで体調を崩してしまいます。また、宇宙がつねに動いているように、人間もまた、身を動かさなければ、退化して短命となってしまうでしょう。
 「順天者存、逆天者亡」。これは、宇宙自然に順応するものは栄え。生き続け、そむくものは滅亡する」という意味です。太極拳は、勝敗を決めるための戦闘的な技や力を磨く武道ではありません。力はいつか滅びるもの。永久に続くものは自然であり、そこから生まれた哲学的な「心」の技です。長江の流れのようにゆっくり、あせらず、よどむことなく、とうとうと流れて決してとどまらない・・・・。心を無にして静かに動く太極拳が、別名長拳といわれるゆえんです。
 病気はかかる前に予防するのが第一で、病気になってしまってからでは治せるものと治せないものがあります。医療技術が飛躍的に進歩した現在でさえ、やはり、予防は治療に勝るのです。
 太極拳は特効薬ではありませんから、今日始めて明日には効果が現われるものではありませんが、繰り返し繰り返し続けて行くことから、健康が生まれ、美が生きてくるのです。
心と体のバランスを整え、本来備わっている自然治癒力高める太極拳は、中国の健康哲学を結集した健康法の代表と言えるでしょう。
 心・息・動の統一を重視した「楊名時太極拳」
 楊名時太極拳は、簡化太極拳をもとに、より「調身」、「調息」、「調心」を意識した気功健康法です。調身とは姿勢を整えること、調息とは呼吸をととのえること、調心とは心を整えることをいいますが、太極拳は、姿勢、呼吸、精神統一の三結合がなされたときに、最大の効力を発揮し、健康を維持したり、回復へと導いていくのです。なかでも、最も大切なのが、「調心」です。
 「心身一如」「五臓六腑に心が宿る」と言われるように、中国医学では、人の心と体は切り離せない関係にあり、つねに一体となって変化するのであるととらえています。例えば、「怒りは肝を傷る(やぶる)」といい、イライラしたり怒ったりすると、肝の臓の機能をそこねると考えられています。つまり、精神状態が体の反応として現れるのです。心は人間の神髄であり、すべては心から発しています。ですから、心が安らかであれば、体も健康で、いつまでも若々しく元気に過ごすことができるというわけです。
 ところが、現在の私たちの生活は、環境や人間関係などのさまざまなストレスにさらされ続け、心のゆとりを見失いがち。心が弱まってしまうと、「気」の流れも滞ってしまいます。私たちの体の中には、血液と同じように「気」が流れています。気とは、ありとあらゆるものに存在する生命エネルギーの源。この気が滞ってしまうと、元気が出ず、体がだるい、やる気が出ないなど、活力が減退したり、さまざまな身体のトラブルを引き起こすきっかけになります。
 気の流れをうまくコントロールして、心身のゆがみを修正し、バランスを整える気功法は、中国医学の遺産とも言える養生学のひとつであり、数千年に及ぶ長い歴史を有する「経験の宝」。老若男女を問わず誰でも実行でき、自己の健康管理と、疾病予防に役立つことから、現在、中国でも日本でも、手近な健康法として親しまれています。
 そこで、楊名時太極拳では、二十四式を行う前の準備運動として、気功方法・八段錦を取り入れています。
 八段錦は、自分で自分の気を養う内気功であり、太極拳と並んで、中国の民間に古来より伝わる医療体術です。長生きするための養生法として用いられてきた8つ健康体操には、型によってさまざまな効果があり、生活習慣病の予防や神経系などの疾病の改善にも役立ちます。
心身の無駄な力をいっさい除き、深く長い呼吸に合わせてゆったりと動く楊名時太極拳二十四式は、筋肉や関節を柔軟にし、体の緊張やこわばりをほぐして、「気血」の流れを促す健康太極拳。禅的要素が深く入り込んでいるため、無我無心の境地に導き、日頃のストレスから心身を開放し、やすらかな気持ちに導いてくれます。
 健康とは、自分の体を動かして作るもの。焦らず、無理のない運動を、気長に毎日積み重ねて稽古することが大切です。大自然に任せておけば、この神秘的な小宇宙である人間の体は、きっとよくなります。それを信じ、怠ることなく実行する。
 
楊名時太極拳を「禅」の心で行うポイント
体も心も豊かに柔軟に
無駄な力を一切除き、リラックスした状態で
ゆったりと体を動かすのが太極拳の基本。
柔らかい動きをするためには、柔軟な体
とりわけ足腰の柔軟性が必要ですが、心の柔軟性も大切です。
続けていくうちに、些細なことにはこだわらない
豊かで、おおらかな心を持てるようになっていくでしょう。

大河がとうとうと流れるがごとく
太極拳は、中国の大河のごとく、ゆったりと流れるような動きが特徴
24の動作を連続してとぎれることなく次々とおこなうのは
慣れるまでなかなか困難ですが、
ひたすら続けるうちに、瞑想や禅と同じように精神が研ぎ澄まされ
体のこわばりはもちろん、心の緊張までもほぐれてくるでしょう。

雑念を捨てて無心に
太極拳を行っているときは、悩みごとや心配ごとを一切忘れ、考えず心の中をからっぽにすることが大切です。
太極拳の動きだけに打ち込んで、意識を統一することによって
知らず知らずのうちに、ヨーガで言えば瞑想
座禅で言えば三昧に似た境地に入っていけるようになることでしょう。

円を描くようにまろやかに
太極拳の動きは、円を描くような曲線の動きが中心。
円運動は、太陽や月、地球などの形とも同じで
宇宙の営みにも似た美しい自然の動きであると言えます。
背骨を軸に体をまろやかに動かすのは、人間の丸い体にふさわしい運動であり、体中の神経系や血管などの働きを、ほどよく活発にしてくれます。

楊名時太極拳の稽古の流れ
 楊名時太極拳は、太極拳24式を中心に、立禅・ 甩手(スワイショウ )八段錦を組み合わせてひとつの「太極拳健康体操」として組み立てられています。「健康」に主眼がおかれているので、スポーツが苦手な方でも、体力に自信がないお年寄りでも大丈夫。ただ、動作の中には深く腰を落としたり、鶴をイメージした片足立ちのポーズがあります。無理をせず、自分のできる範囲内で行いましょう。
 また、二十四式は連続してとぎれることなく次々と動作を行う為、全部を覚えるのには多少時間がかかります。しかし、繰り返し練習するうちに、自然に体が覚えてくれるので、まずは、だいたいの動きと流れを身につけ、こまかい動きや呼吸は徐々に覚えていくとよいでしょう。
 いつでも、どこでも、誰にでも、無理なく手軽に挑戦でき、生涯続けることができるのが楊名時太極拳の魅力です。特別な服装や道具も必要ありません。ゆったりとした、動きやすい服装で、素足、または底の薄いシューズをはいて行うといいでしょう。
 立禅、 甩手は、太極拳が最も重要と考える「心と体のバランス」を整えるのに、とても大切です。立禅をすることによって心と体が落ち着き、リラックスしてきます。 甩手は体全体の筋肉をほぐし、やわらげる運動です。立禅と 甩手を1セットと考え、稽古の最初と最後に行います。
 八段錦は、長寿のための養生法として知られている健康体操。内臓や神経系の病気など、さまざまな現在病の改善にも役立ちます。
 太極拳は、調身、調息、調心を意識して行えば、心身のバランスを理想的な状態に保ち、健康を増進。慢性病や、病後の回復にも役立ちます。
 太極拳は、たとえ短い時間でも毎日続けたほうが、体にとっては有効です。自分の生活スケジュールや体力に合わせて工夫してみてください。
(NHK出版 楊名時の健康太極拳より引用)
 
 
楊名時太極拳の稽古の流れ

立禅
甩手
八段錦

太極拳二十四式
稽古要諦・部分稽古
太極拳二十四式
八段錦
立禅
甩手

 

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